2018年度 退任教授記念講演会要旨
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《退任教授》教員所属表順
基礎研究から臨床へ 【ゲノム改編・再生・環境】
木村 穣(基礎医学系分子生命科学)
遺伝子の変異によって遺伝子機能を知る方法は大腸菌などの原核生物を中心に発展したが、演者はこれを真核生物で実現することに勝木元教授らとともに取り組んだ。高次機能や形態形成、あるいは血圧などの問題は個体レベルでないと解析できないため、遺伝子操作マウスの開発に終始した。
手法的にはトランスジェニックマウスの開発ES細胞を用いた遺伝子ノックアウトマウスの開発、最近ではCRISPR/Cas9システムの導入と歴史的発展に従ったものであり、これらの遺伝子操作マウスのいくつかは病態モデルとしてヒト疾患の発症メカニズムの解明や創薬のための基本ツールを提供することとなった。4号館を建設いただき15年間に渡って国の事業を主宰させていただくとともに、2003年度のCOE事業からは独自のゲノム解析を進める猪子教授とともに相関解析からいくつかの遺伝子操作マウスにおいて病態を再現することにも成功した。
学内運営にも関わってきたことから、今後への医学部発展の期待を込めて講演を締めくくった。【2019.2.25】
Tokai Hachioji, be ambitious !!
檜垣 惠(内科学系総合内科学)
私は高木敦司総合内科教授のご推薦で、八王子病院総合内科に6年前に赴任いたしました。毎朝、ユーミンを口ずさみながら中央フリーウエイを12万km無事走破しましたが、冬場に石川パーキング辺りで臨む富士山の雄姿は感動的でした。臨床面では、今まで学んできた感染症とリウマチ学を基に内科診断学の実践に努めました。また、化膿性脊椎炎(PVO)、抗菌薬関連下痢症(AAD)、リウマチ性多発筋痛症(PMR)という高齢者に多い疾患をテーマにして、鴨野助教を中心に臨床研究を行いました。PVOに対するCTガイド下生検の有用性を放射線科長谷部教授のチームと共同研究で証明し、AADに関しては再発を予知できる背景因子を検討しました。さらに、免疫炎症性疾患治療では必須のステロイドに関して、投与量を減量させることの重要性をPMRにおいて示しました。今後も学びに対する野心を捨てず、楽しく臨床研究を行っていこうと思います。【2019.2.25】
私の人生教育
赤石 誠(循環器内科学)
私の医師人生の中で、多くの時間を医学の卒後教育に費やしました。
その基本は、「半学半教」でした。これは、私が幼少期から受けた教育から授かったものです。学び、教える。教えるものは教わるものの上に立つ者ではない。常に対等で、ともに学びあうことこそ、「半学半教」であると思っています。
さらに医療とは「科学的であること」「目的を明確にすること」であることを基本としました。「循環器内科マニュアル」という著書を出版するという機会に恵まれ、それがベストセラーとなり、深く循環器の臨床教育に携わる機会を得ました。数々の学会で教育担当となり、若手医師のみならず、コメディカルの卒後教育に関わったときも、教育の目的を明確にすることを心がけました。
今でも、患者(患者の周囲)に安心と信頼を与える温かい人格を持つ人を育て、よい医療環境を作ることが医学教育の目的であると信じています。【2019.3.6】
東海大学での17年間を振り返る
峯 徹哉(内科学系消化器内科学)
東海大学に赴任して17年間が経過した。それ以前は東京大学付属病院の分院という所におり、臨床・教育・研究の3本柱を中心に行ってきました。私は研究を行いながら研修医の教育並びに臨床を行ってきました。東海大学に赴任してまず行ったのは消化器内科の統合です。東海大学付属病院の消化器内科は第6内科と第3内科に分かれていた。その消化器内科の統合に取りかかったわけです。私は東京大学分院と同じように臨床として。上部消化管内視鏡の診断と治療、下部消化管内視鏡の診断と治療、胆膵内視鏡の診断と治療を行ないました。教育・研究としては大学院生を指導して基礎の先生のところにも出向させ英文を書かせました。神奈川消化器病医学会の会長に就任し神奈川の医師の指導に当たりました。日本消化器病学会関東支部例会の支部長として関東の先生方の教育にも当たりました。私はその他にも色々な学会(日本神経消化器病学会理事長など)を指導して参りました。これらのことは私一人だけの力ではなく関係した方々のお力のお陰だと思います。【2019.3.11】
肝臓病学と歩んだ40年間を振り返って
渡辺 勲史(内科学系消化器内科学)
1979年慶應義塾大学を卒業後消化器内科に入り、肝内胆汁うっ滞と肝微小循環の研究に携わり、大学院卒業後トロント大学病理学のPhillips教授の下で、肝細胞の細胞骨格と毛細胆管の収縮機構の研究に従事していました。毛細胆管を取り囲むようにactin bandが存在することを初めて見出し、これが毛細胆管の収縮を司ることを、さらに生体肝でも毛細胆管が収縮することを明らかにしました。帰国後は東京医療センターの消化器科に勤務し、消化器の臨床中心の生活を送り、1993年東海大学消化器内科に赴任いたしました。東海大学では肝内胆汁うっ滞、肝微小循環の基礎研究とともに、臨床的には食道・胃静脈瘤の内視鏡治療、IVR治療の臨床研究を行い、門脈圧亢進症の臨床に力を入れてきました。2008年教授に昇格し、2010年より副院長、病院長として八王子病院の病院運営に携わりました。この26年間、ほぼ四半世紀にわたり東海大学病院に勤務し、教職員の皆様には本当にお世話になりました。心より深謝いたします。【2019.3.6】
大腸癌の“治癒”無再発生存を目指して・・Clinical questionへ取り組み続けた40余年・・
貞廣 莊太郎(外科学系消化器外科学)
私は1978年に慶應義塾大学を卒業後, 慶應の外科でトレーニングを受け 1985年に川崎市立井田病院へ就職しました. 9年間専門分野である大腸癌ばかりでなく, 広く一般外科の臨床を行っていましたが, もっと患者数の多い施設で専門知識や技量を活かしたいと考えていたところ, 東海大学第二外科の三富利夫教授, 田島知郎教授, 野登隆講師に誘っていただき, 1994年 第二外科に加えていただき, 25年間の活動の場を与えていただいきました. 大きな目標は2っ, 東海大での治療成績を含めて“治癒切除”が可能であった結腸癌の転移再発形式に基づく補助化学療法を世界に発信すること, 2つめは国際的な標準治療である直腸癌への化学放射線療法のbenefitを日本の多くの先生方に知っていただくことでした. ここ数年は, がん診療拠点病院を中心に年間約20施設の先生方に研究会などでの講演を通じて直接お話しする機会に恵まれ, 東海大学は大腸癌への集学的治療のトップランナーとして高い評価を受けています.
東海大学ならびに東海大学消化器外科の益々の発展を祈ります.【2019.3.11】
東海大学で学んだこと
上野 滋(外科学系小児外科学)
赴任以来東海大学で学んだこととして、①一期一会②おしりあい③医食同源④FD(Faculty Development)のキーワードでまとめた。一期一会とは、患者との出会い、周辺4市を中心とする地域・多職種とのつながりによる一人ひとりの診療である。救急患者への対応、二次医療機関から求められる高次医療、専門性の高い疾患/病態の診療を行ったことを述べた。「おしりあい」とは、地域、国内外の連携「お知り合い」と、鎖肛などの外科的疾患や慢性便秘症の診療「お尻愛」である。後者では鎖肛手術における骨盤底筋群の3D画像やナビゲーション手術、便秘患児における精神医学的側面を講演した。医食同源では、患者の栄養支援の重要性と乳幼児の食事支援による便秘回避の重要性を述べた。最後に、FD活動から学んだ、医学教育におけるパラダイムシフトやAppreciative Inquiryなどについて言及し、次世代を見つめ育てることで、成長の糧を得たことを述べた。【2019.3.6】
麻酔科としての35年
鈴木 利保(外科学系麻酔科学)
【2019.3.13】
1998年の危機と今後の展望
猪口 貞樹(外科学系救命救急医学)
1978年に大学を卒業し、開院3年目の付属病院研修医になった。当時は珍しいローテーション型初期研修で、幅広い疾病や手術を経験できた。外科学の助手になったころ本学に救命救急センターが設置されることになり救急医学に移籍、1987年にセンターは新築の2号館に移った。
診療や研究に追われていた1998年、付属病院の経営状況悪化と施設の老朽化・陳腐化のため現況調査を行った。デフレと不景気、高齢化に対し、国が医療提供体制の効率化をはかったことへの対応が不十分であった。ただちに医学部付属病院全体で協力し、診療体制刷新と病院建築計画を同時に進め、経営状態は改善、2006年新病院(5号館)が竣工した。
現在、本邦の人口は減少し始めている。高齢化で医療需要は増加しているが、あと15年ほどで減少に転じパラダイムシフトが起こる。医療機関の統廃合や地域連携の推進など、医療環境が大きく変化している中で、本学には国際水準の高度医療が期待されている。【2019.3.13】
ボーダレス研究の実践
中島 功(外科学系救命救急医学)
数学・物理・実装技術・生理学・病理学などの分野を乗り越えた医学生物学的な研究の一片を「鳥インフルエンザの追跡」を通して紹介しました。鳥インフルエンザ感染は、豚を介して感染すると考えられてきましたが最近の研究では否定されている。高病原性の定義では、静脈内にウイルスを直接、接種しているので、生体の防御機構や潜伏期など感染にとって欠かすことのできないステージが省略され、感染初期のバイタルサインの変動を観察するという努力が、欠落していた。このため発表者は、食道カテーテル内に角速度センサを軸方向に、さらに2組の差動心電極を心房、心室用に組み込み、カラスやニワトリに飲ませて検証実験をおこなった。カラスは、飛翔前後で角速度センサから得られる血圧は、20拍程度(心拍数500/分)で90mmHgから230mmHgに一気に上昇し、CVRRの揺らぎが極めて小さくなるなど、自律神経系の動きを把握することができた。マイクロ波を使うと非接触で鳥類の心拍出や呼吸がモニタできるので、鳥インフルエンザのスクリーニングが将来可能であろう。
【2019.3.11】
アレルギーマーチ
山口 公一(専門診療学系小児科学)
「アレルギー疾患が原因と発症臓器を異にして次から次に発症してくる」というアレルギーマーチの概念は約50年前に小生の恩師である馬場實先生によって提唱されましたが、この概念によってアトピー性皮膚炎や気管支喘息、アレルギー性鼻炎、食物アレルギーなどのアレルギー疾患をひとつの流れととらえることができるようになり、治療の流れも対症療法から疾患の進展予防、さらには発症予防へと展開しています。そのメカニズムは未だに解明されていませんが、アレルゲンの感作予防や免疫寛容誘導に関わる様々な因子が明らかになりつつあり、社会問題となっている様々なアレルギー疾患の増加傾向に歯止めをかけられる日もそう遠くないと確信しています。
短い期間でしたが、大変お世話になった東海大学、ならびに東海医学会、東海大学医学部付属病院、そしてとても恵まれた環境の中で仕事をさせていただいた八王子病院小児科の皆様に衷心より感謝申し上げます。平成31年3月11日【2019.2.25】
生殖医学・臨床遺伝医学と医学教育にかかわって
和泉 俊一郎(専門診療学系産婦人科学)
私が医学部を卒業して41年、当医学部に奉職して23年、:これらの期間を、臨床・教育・研究について振り返り、聴衆の方々への“take-home message”を重視して、生殖医学・臨床遺伝医学・医学教育の領域別に整理した。研究では、米国NIH留学時が業績も楽しい思い出も豊富だったが、既に手掛けていた研究に専念できたことと共同研究者に恵まれたことが好影響したと考える。その後の複数の流れが2016年にハワイで日欧米から演者を集めた国際シンポジウム(ISPGRS)主催に結実した。研究の傍ら英文誌(EJ/JOGR)の編集から得たことも多いが、近年の剽窃(盗用)問題について解説した。臨床では、生殖医療の隆盛は括目すべき事態である一方で、私が1985年に遺伝カウンセラー研修を受けた後、臨床遺伝専門医制度が新世紀になり拡充され、現在は政府の成長戦略(3本の矢)の1つ(健康・医療)で「ゲノム医療」が急激に進展している現状を述べた。医学教育では、プロフェッショナリズム教育の重要性とそのための基礎知識を整理し、それに関連する卒前卒後でのシームレスなキャリアプランニングの取り組みを披露した。【2019.2.25】
知の創造と患者中心の医療に挑戦する大学を目指して
今井 裕(専門診療学系画像診断学)
講演会では、これまでの日々の生活の中で学んできたこと、次に医学教育において学んだこと、最後に我が国における放射線医療の将来構想について述べた。診療においては、読影のみならず、装置、造影剤、前処置や検査法までの診断体系全体を構築することの重要性を学んだ。医学教育においては、東海大学の教育理念である「良医の育成」に必要な教育における重要な項目について、種々の例を挙げて伝えた。最後に我が国における放射線医療の将来構想については、今後多くの領域で導入される人工知能(AI)の活用を含めた医療のあり方について講演した。AIを活用する時代における医師には、これまで培われてきた診断学や病態を良く理解していること、自分が経験する症例を大切にして、診断学を構築することの他に、人工知能によるとんでもない誤りに気付かなければならないことを指摘した。最後に、これまでにお世話になった多くの方々に心から感謝の意を表します。【2019.3.13】
放射線治療の過去、現在、未来
國枝 悦夫(専門診療学系放射線治療科学)
【2019.3.6】